あれは雨の降る日の出来事




仔猫のワルツ




トントンと書類を揃えて一息つくと窓の外を眺めた。大きな雨粒が窓を激しく叩く。

(これじゃぁ、とうぶんは帰れそうにないな)

よくもまぁ、あたしに全部の仕事を任してくれたものだ。雨が降るだなんて聞いていないから傘どころか、タオルさえ持っていない。(今日は寝坊したから急いで家を出たし、ましてや天気予報なんて見る暇無かった)このまま、雨が止むのを待とうか、そんな考えも頭に過ぎったけどやっぱり、小雨になったら走って帰ろう。(テレビドラマの再放送、見逃したくないし)(あぁ、こういうときは家と学校が近くて良かったな、と真剣に思えるや)

暖房の効いている図書室に、あたしひとり。

それは多少とは言わず、やっぱり心細い。(早く家に帰ってテレビが見たいよ)


尚も、ザァザァと大きな雨音が外から聞こえる。この調子じゃ、本当に帰れないかもしれない。これだから、雨は嫌いなんだ。髪の毛ははねるし、古傷は痛むし、良い事なんて一つもありゃしないんだから。


髪の毛が、軽く浮く。(あれ、風は無いはずなのに……?もしかして…)窓、あいてるんじゃ…。もし、本が濡れたりしたら一大事だ。そりゃぁ、あたしの責任だ。怒られるよ。(図書委員の谷先生は普段は優しいけど怒ると怖いからね)
書きかけの書類を筆箱で押さえて、席を立つ。

開いてる窓が、一つ。

カーテンが閉まってて全然気付かなかった。カーテンのおかげで、雨は本にかかっていない(これが不幸中の幸いっていうものだね)少し開いているだけだったけどそこから外気が部屋の中に漏れ込む。あぁ、外はやっぱり寒いんだな。身を乗り出して、大きな窓に手を伸ばした。ここの窓は両手じゃないと閉じれない程重くて、本当に嫌になるよ。

「・・・あ、」

窓の外に、1人の少年。名前は聞かなくても、分かる。藤代、雅治。学校内では、有名人。高等部、噂の的。(その噂っていうのはだいたい、女絡みの事なんだけど)どうしたの、なんて聞かなくてもだいたいは予想がつく。赤く腫れた頬が目に付くし、女癖の悪さは女子の間では有名だから。(もしかすると、女子の間だけじゃなくても有名かもしれないけどね)

「なぁ、」

見上げてくる藤代くんの表情は、やっぱりどこか子供っぽさが残っていて…。(そりゃ、まだ高校2年生だし)無理に大人びようとする子供。そんな表現が似合うような人だった。
でも、女の子達が騒ぐのも分かるような気がする。綺麗な顔をしてる。整えられた一つ一つのパーツ。まるで、完璧な人形のような顔立ち。(可愛いよりは、綺麗に近いよね)

瞳が、かすかに揺れる。なぜか寂しそうに見えた。

思わず手を伸ばして、そっと頭を撫でる。彼は驚いたのか、ほんの一瞬だけ目を瞬かせたけど。その後は黙って、ただおとなしく頭を撫でられていた。
会話をしようとか、そういうんじゃなくて、ただ、頭を撫でる。
抵抗もなく、おとなしく頭を撫でられている藤代くんに思わず小さな笑みがもれた。
雨に打たれて濡れた髪、体は冷え切っているんだろうな。(そりゃぁこの雨の中、外に居たんだから)さっきから頭を撫でているあたしの手が、熱を奪われ冷たい。

「なぁ……」

返事をせずに、優しく頭を撫で続ける。すると、彼は言葉を続けた。

「何があったかとか、聞かねぇの?」

あたしを見上げるその瞳に出来る限り優しく微笑み返した。
寒さの所為か、震える肩。小さい言葉を紡ぎ出す唇。雨の滴が、髪を伝って、地面に落ちる。
まるで、ここだけ時間が止まっているような気分になった。静かで、其れでいて、満たされているような……。
不器用なあたしは、言葉を見付けられなくて、頭を撫で続けた。くすぐったそうに首を竦めると、彼は唇の形だけで小さく言った。

――――――――ありがとう。

そう言ったあとに藤代くんの瞳が優しく笑った。

「奈津美ー、」

突然聞こえた先生の声に振り向くと先生が小さく笑った。チャリン、と手の中の車の鍵をあたしに見せて先生は言った。

「送ってってやるよ」

雨止みそうにねぇだろ。そう言った先生は机の上の資料を片付け始める。そうだった。やりかけでそのままほってたんだ。窓枠に乗り上げてた体を床にストンとおろすと机まで行って片付けを手伝う(あ、でも。あたしが散らかしたんだから、手伝うわけでもないかな)


鞄に荷物を放り込むと、そういえば、とハンカチを鞄から取り出して窓に駆け寄った。
後ろから先生があたしに、先に行くぞ、って声をかけたから、はい、って返事を返すと満足げに笑って図書室の扉をくぐった。
窓から身を乗り出して外を見ると、見えるはずの姿が、無い。(あれ、さっきまでここに居たよね)確かに、先生が来る前まであたしが頭を撫でていた。
どれだけ辺りを見回しても居ないことに溜息を吐いて、窓を両手で閉める。大きな窓は、もの凄く、重い。












次の日、彼が少し前から付き合っていたバレー部の但野さんと別れた事を知った。