彼は、猫の様な人だと思うんだ。
仔猫のワルツ
朝、学校に行くとみんなの話題は藤代くんの事でもちきりだった。但野さんと別れたらしい。あたしの記憶が正しければ確か、但野さんと藤代くんがつきあい始めたのはたったの二週間前だ。(有名人はちょっとの事ですぐ噂になるからかわいそうだな)但野さんは、バレー部のキャプテンで、すごく笑顔が綺麗な人。あたし、一回だけ話したことあるけど。感じもいいし、優しいし、いい人だと思う。
一方、藤代くんは、女を取っ替え引っ替え、冷めた性格の人。女癖が悪くて、泣かしてきた女の子は数知れず。影ではカップルクラッシャーなんて呼ばれてた事もある(それは、ただ女の子の方が勝手に藤代くんを好きになるからなんだろうけど)モテる人は噂が絶えなくて大変だと思う。
だけど、あたしが知っている藤代くんは違う。とてつもなく冷静で、どこか飄々としてて、自分のペースを崩さないのに、どこか抜けてるような……。本当は、優しい笑顔をするのに。
まるで、仔猫のようだと思う。
気紛れで、人に甘える。気紛れで、人を傷つける。でも、本当は何よりもじゃれることが好きで…。(あぁ、これじゃ意地っ張りみたいだ)
早く、早く大人になりたいと焦ってる子供。見た目は、大人っぽいけど、笑顔が小さな子供のような優しい、顔。なんか、気高いけど、人懐っこいような………。不思議な、人。
どうしても、合わない。
みんなが噂する藤代くんと、あたしが知っている藤代くん。
まるで、ピントのぼけたカメラみたいに
ずれて、合わない。
「奈津美!!ニュースだよ!ニュース!」
「・・・きっちゃん・・」
またいつもの噂話かな。悪い噂じゃなければいいんだけど。きっちゃんは報道部で、よく噂を持ってあたしのところに駆け込んでくる。本当につまらない事から、とんでもないことまで。(まぁ、きっちゃんの話しを聞くのが好きだからそう言うことは関係ないけどね)いっつも、時間なんて関係なくって。(今は放課後)一番始めに自分が掴んだスクープをあたしに教えてくれるんだ。
「藤代、いるじゃん?!」
「あぁ、うん」
「水泳部のみっちゃん!!」
「…へ?えーっと、高田さん?」
「そう!!藤代の奴、みっちゃんに告られてオッケーしたんだって!!」
ずれたピントは、やっぱりうまく合わない。
きっちゃんは友達が多い。(それは、先輩とか後輩の隔たりなんて、そんなもの関係なしに。)男の子でも、女の子でも、関係なく仲のいいきっちゃんの特権だろうな。情報網の広さは。今回の事だって、高田さんがきっちゃんに報告したんだろう。(たぶんだけど。)
「本ッ当…、女取っ替え引っ替えすんのも止めてほしいよね!」
「・・・」
「どうした?奈津美」
何かが、違う。あたしの知っている、藤代くんと、みんなが言ってる藤代くんが、違う。
「奈津美ーー?」
「……きっちゃん」
「ん?どした?」
「藤代くんが付き合って別れるのっていっつも大体二週間サイクルだよね」
ちょーっと待ってよー、そう言ってきっちゃんは胸元のポケットから出した小さな手帳をパラパラめくる。
あたしの記憶が正しければ、大体、ずっと約2週間サイクル。長くも、短くもない。2週間サイクル。2週間で別れて、その後直ぐ付き合って。(でも、藤代くんから告白したって言うのは聞いたことない)
「あー、うん、そうだ。だいたい2週間程度だね」
「でしょ?」
「ぜんぜん気付かなかったよ。凄いね、奈津美」
「……そうかな?」
「…そうだよ。あー、もー、かわいい奴め」
そう言ってあたしの頭を撫でるきっちゃんに笑みがこぼれた。あたしにいつも元気をくれるのは、きっちゃん。凄く優しくて、友達思いの子。男の子に人気ああるって事も、あたしは知ってる。
「あ、そうだ。」
よしよし、とあたしの頭を撫でていた手が頭からはなれていった。あたしは、きっちゃんに頭を撫でられるの、大好きだから。(あぁ、この所為で藤代くんの頭撫でちゃったのかも)きっちゃんの手を見てると(そりゃぁもう、視線で穴が空くなら穴が空くほど見てた。)きっちゃんがその視線に気付いてあたしに抱きついた。
「あー、もう、めちゃくちゃかわいいッ!!」
「きっちゃん、くるし…」
「あ、ごめんね!」
背の小さいあたしはきっちゃんの体にすっぽりと埋まってしまう。(まぁ、きっちゃんが大きいってのもあるんだけどね!)背中を軽く叩いて苦しいと訴えると、きっちゃんはパッ、と手を離した。
いや、別に抱きつかれるのが嫌って訳じゃないんだけどなぁ…。そんなことを考えてると、きっちゃんは手帳に挟んでいた紙をあたしの手に握らせながらちいさく呟く。
「これ」
「ん?」
「安ちゃんに渡して来て」
「……安藤先生に…?」
「そう、新聞部メンバーはみんな忙しいからね」
「そりゃぁ、あたしは帰宅部だけど…」
「お願いします!暇ッ子奈津美ちゃん!!」
このとーり、と手を合わせるきっちゃんにダメって言えなくて、いいよ、って言うときっちゃんは顔をあげて明るい笑顔になった。あたしは、きっちゃんのこの笑顔が大好きだ。元気をくれる、明るい笑顔。だけど……
(ドラマの再放送…、見たかったな)
そういえば、昨日も結局見逃してしまったし。(後で、お姉ちゃんにメールして録画しておいてもらおう)一回見たドラマだけど、話が好きだし。第一、好きな俳優さんが出てるんだ。(なんであんな子、あたしの周りには居ないのかな)(あたりまえか)
「んじゃ!またあしたね!」
「あぁ!きっちゃんってば!!」
嵐みたいだな。そう思ってクスクスと笑った。突然やってきて、風巻き起こして、去っていく。バタバタと走り去ったきっちゃんに急がしそうだなぁって思うと同時にうらやましくも感じた。
お気に入りの赤色のマフラーをくるくる巻くと、鞄を肩にかけて教室を出た。
急げばドラマに間に合うかもしれない。早く、早く安藤先生に渡しに行かなきゃ。
(急げ、急げ)
職員室には居ない…と思う。(だっていつも保健室にいるし)だから、目指すは保健室。
ドン、という音と一緒にあたしは軽く吹き飛んだ。あれ、今何が起こったんだろう。